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奈良地方裁判所 昭和55年(行ウ)8号 判決

原告 尾崎英史

被告 下市公共職業安定所長

代理人 宮崎正巳 日鷹修一 松本有 西谷仁孝 石田俊雄 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和五四年九月一七日になした昭和五四年八月二九日以降の基本手当を支給しない旨の処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、雇用保険法(以下「法」という。)上の被保険者であり、被告は、同法による失業給付の認定、支給等を管掌する行政機関である。

2  原告は、昭和五三年一一月一五日、奈良県大和郡山市所在の日産デイーゼル南近畿販売株式会社を離職し、同年一一月二四日、被告から、法一三条に該当する基本手当の受給資格者であると認定され、「所定給付日数九〇日・基本手当日額二〇等級二、七六〇円」との決定を受けた。

さらに、同年一二月一三日には、右所定給付日数を法二二条一項二号に基づき二四〇日と変更され、所定の失業認定を経て右基本手当の支給を受けてきた。

3  被告は、昭和五四年九月一七日、原告に対し当然支給されるべき法二三条の個別延長給付を行なわず、同年八月二九日以降の基本手当を支給しない旨の処分(以下、「本件処分」という。)を行なつた。

4  しかしながら、本件処分は以下の理由により違法であつて、取消を免れない。

すなわち、原告は、雇用保険法施行令(以下「令」という。)三条所定の各要件を満たしており、法二三条一項の「政令で定める基準に照らして就職が困難な者であると認め」られるべき受給資格者として、当然に個別延長給付を受け得べきところ、被告は法解釈を誤つて、本件処分を行なつたものである。

5  原告は、昭和五四年一一月一五日、雇用保険審査官に対し、本件処分の取消を求めて審査請求をなしたが、同五六年一月三一日棄却の決定がなされたため、同年二月八日労働保険審査会に対し再審査請求をなした。しかるに同審査会は、同年九月三〇日右再審査請求を棄却した。

6  よつて、本件処分の前記違法に基づき、その取消を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1、2、5の事実はいずれも認める。

2  同3の事実のうち、被告が本件処分を行なつたことは認めるが、原告に対し法二三条の個別延長給付が当然になされるべき旨の主張は争う。

3  同4、6の主張は争う。

三  被告の主張

本件処分は、以下のとおり適法かつ正当であつて、何らの違法は存しない。

1  個別延長給付制度について

(一) 法二三条の個別延長給付は、公共職業安定所長が令で定める基準に照らして就職が困難であると認めた受給資格者について行なわれるものであり、令三条により、右基準は、〈1〉受給資格者が同条一項各号に該当する者であつて所定給付日数に相当する日数分の基本手当の支給を受ける日まで職業に就くことができる見込がなく、かつ、〈2〉特に職業指導その他再就職の援助を行なう必要があると認められるものに該当すること、とされている。すなわち、個別延長給付制度は、所定給付日数分の基本手当を支給する間、職業指導、職業相談、紹介等の援助を行ない、また受給資格者自らも右援助に積極的に応ずることはもちろん、自己開拓により就職のために努力したにもかかわらず、なお就職できなかつた場合に行なわれるべきである。

(二) 従つて、公共職業安定所長は、令三条一項の前記〈1〉の要件に該当する受給資格者のうち、個々にその者の求職活動の状況等を勘案し、〈2〉の要件の該当性を肯定できる者についてのみ個別延長給付を行うべきである。

これを本件についてみると、原告は〈1〉の要件を備えてはいたものの、後記のとおり〈2〉の要件を備えているとはいえない。

2  被告の行なつた職業紹介・指導状況

ア 原告は、昭和五三年一一月二四日下市公共職業安定所(以下「本件安定所」という。)に求職申込を行ない、「近くで自動車登録業務の事務員として就職したい」旨申し出た。

イ 被告は、同年一二月一八日、橿原市所在の三恵自動車株式会社(自動車修理業)の事務兼営業職の求人を提示し、同社に紹介したところ、原告は同社採用担当者と面接したが希望条件と採用条件が折り合わず、不調に終つた。

ウ 被告は、昭和五四年二月五日、橿原市所在のマツダ建材株式会社(建築材料販売業)の事務職の求人を提示したが、原告は、小規模企業であるとの理由で紹介を辞退した。

また、原告は、日産、近鉄等大企業の事務職のみを希望していたため、被告は当時の求人状況を説明し、事務職以外の職種を含めた求職条件に条件緩和するよう指導した。

エ 被告は同年三月二日及び同年八月二四日、原告に対し、再度労働市場の状況を説明し、求職条件の緩和を求めたが、原告はこれに応ぜず、事務職のみに固執した。そこで被告は、原告に対し自らも積極的に求職活動を行うよう指導した。

オ 被告は、昭和五四年八月二七日北葛城郡所在の国松靴下工業株式会社の営業管理部員の求職及び同郡香芝町所在の株式会社大和製砥所(砥石製造業)の一般事務職の求人を紹介したところ、原告は前者について職種が合わないこと、後者については小規模企業であることを理由に紹介に応じなかつた。

そうして、原告は「自分の希望はあくまでも大企業であり、そのような事務所が見つかるまで長期間かかつても探す考えである」旨申出た。

被告は、原告に対し、既に九ヵ月間失業状態にあるものであるから、地域の実情にあつた事務所に就職するよう指導したが原告はこれに応じなかつた。

カ 原告提示の失業認定書によると、原告は基本手当の支給を受けている間、知人の紹介及び新聞広告により、就職先を物色していたが、被告の紹介にかかる三恵自動車株式会社以外は直接事業所に応募したことはなかつた。

昭和五三年度および同五四年度における本件安定所関係の求人求職状況によれば、同安定所管内には三〇〇人以上の規模の事業所はなく、事務的職業の求人数は極めて少く、特に男子の事務的職業の求人は皆無に近かつた。

3  処分の正当性について

被告は昭和五四年八月二八日審査会議を開催し、前記原告の求職活動の状況等を勘案した結果、原告はその年齢からして求職条件を緩和すれば比較的容易に就職が可能であると考えられるところ、さらに職業指導を行なつたとしてもこれに応じて右求職条件を緩和する見込はなく、「特に職業指導その他再就職の援助を行う必要があると認められる者」との前記〈2〉の要件に該当しないと判断され、本件処分に至つたものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1はすべて争う。

2  同2の事実のうち

アは認める。

イは否認する。

ウも否認する。アで提示した条件以外原告は出していない。

エ、オの事実は否認する。

3  同3の事実は不知、主張については争う。

五  被告の主張に対する反論

被告は、原告が求職条件を緩和しなかつたとの一事をもつて令三条の〈2〉の要件すなわち「特に職業指導その他再就職の援助を行なう必要があると認められる者」に該当しない旨主張する。しかしながら右のような法解釈は、求職者に対し、安易な求職条件の緩和を迫るものでり、そもそも求職者を手厚く保護せんとする法意に反するものである。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1、2、5の各事実及び同3のうち、被告が本件処分を行なつた事実は当事者間に争いがない。

二  そこで被告の本件処分の適法性について検討する。

(一)  <証拠略>を総合すれば、原告が所定給付日数(二四〇日)について基本手当の支給を受けていた期間の本件安定所の就職援助及び原告の求職活動等につき以下の各事実を認めることができ、原告本人供述中右認定に反する部分は前掲他の証拠と比較してたやすく措信し難く他には右認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和五三年一一月二四日、本件安定所に求職申込を行ない、「自宅近くで自動車登録業務の事務員として就職したい」旨申し出た。

2  その当時、本件安定所及びその隣接管内の職業安定所には右条件を満たす求人はなかつたが、その後、本件安定所で求人確保にあたつたところ、橿原市所在の三恵自動車株式会社(自動車修理業)の一般事務職の求人があつたので、本件安定所は、原告に右求人を提示して同社に紹介したところ、原告は同社採用担当者と面接したが、条件が折り合わず、不調となつた。

3  しかしその後の本件安定所の就職援助に対し原告は、大企業の事務員を希望したため、本件安定所は、その管内及び隣接管内において大事業所はないうえ、男子事務職を中途採用する企業がほとんどないことを説明し、原告に対して職種の変更など求職条件の緩和指導をしたが、原告はそれに応じなかつた。

4  その後、本件安定所は、原告に対し、マツダ建材株式会社、国松靴下工業株式会社、株式会社大和製砥所の求人を提示したが、原告は、希望職種でないことや事業所の規模が小さいことを理由にいずれも求職を辞退した。

5  その間本件安定所は、原告に対し、引き続き求職条件の緩和指導をしたが、原告は、「職業安定所が提示した事業所程度のところなら自分で求職活動することができた。自分としては、日産等の名前の通つた大企業に就職したい。従つてそういうところに就職できるまで待つ」旨を述べて、依然として右指導に応ずる態度をみせなかつた。

6  他方原告自身は、知人に依頼したり新聞広告等で就職先を探していたが、直接事業所に赴いて求職活動をしたのは一か所のみで、そこも自分から就職を断つた。

7  被告は、昭和五四年八月終わりころ、原告の個別延長給付の申し出に対して審査会議を開き、それまでの原告の求職活動を勘案した結果、原告は年齢が若いことと学歴(竜谷大学経済学部経済学科卒業)等から考えると容易に就職できるのにかかわらず就職先を著名大企業関係に限定しておりこれらの大企業関係に就職したい旨の希望条件を緩和する見込がなく、令三条の「特に職業指導その他再就職の援助を行う必要があると認められるもの」との要件に該当しないと判断し、本件処分を行つた。

(二)  ところで、法二三条一項には、「公共職業安定所長が政令で定める基準に照らして就職が困難な者であると認めた受給資格者については、同条二項の規定による期間内の失業している日について、所定給付日数を超えて、基本手当を支給することができる」旨のいわゆる個別延長給付制度が定められており、右受給認定基準については。令三条において、「受給資格が同条第一項各号に掲げる者であつて、所定給付日数までに職業に就くことができる見込みがなく、かつ、特に職業指導その他再就職の援助を行う必要があると認められるものに該当すること」と規定されているところ、右の個別延長給付制度は、所定給付日数までに就職できない可能性のある受給資格者に対して給付を延長することにより、その生活の安定を図るとともに、求職活動を容易にする等その就職を促進することを目的とするものであるから、右の者が個別延長給付を受ける間、公共職業安定所の行う職業相談、紹介等の援助に対し積極的に応じず、また自らも就職先の自己開拓にあたるなどの努力を十分に行なわなかつたと認められる場合には、令三条に定められた基準中、「特に職業指導その他再就職の援助を行う必要があると認められるもの」に該当しないと解するのが相当である。

この点につき原告は、右のような法解釈は、求職者に対し安易な求職条件の緩和を迫るものであり、そもそも求職者を手厚く保護せんとする法意に反すると主張するが、前記のように、職業安定所の援助に応ぜず、また自ら求職活動に積極的努力をしない者にまで給付を延長して保護しようとするのが法の趣旨であるとは到底考えられないから、原告の右主張は採用できない。

(三)  そこで本件についてこれをみるに前記認定の事実に照らせば、原告は、被告の求人の提示に対しその求職条件を緩和せず、その援助に積極的に応じることがなく、また自己開拓による就職についてもその努力を十分に行なつたとは認め難いから、令三条にいう「特に職業指導その他再就職の援助を行う必要があると認められるもの」に該当しないというべきである。

従つて右と同様の解釈のもとに、被告が原告に対し個別延長給付を行なわず、本件処分を行つたことに何ら違法はない。

三  よつて原告の主張は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仲江利政 山田賢 井口博)

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